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光に照らされて | 林道郎
In the Shining Light | Hayashi Michio
掲載『10+1』 No.28 (現代住宅の条件) pp.147-155

裏──宅地的都心

ここのところの東京をめぐる情報の流通を見ていると、「裏原宿」や「裏青山」といった「裏」の街に関するものがずいぶん多い。今まで脚光を浴びてきた表のストリートや商業地区に対して、一本奥に入った通りや街。原宿、青山、代官山、恵比寿、中目黒など、おもに明治通りや山手通り周辺のエリアに現われつつある「裏」の街々はしかし、かつて「裏街」という言葉が暗示した都市の盛り場の奥に広がる入り組んだ影の街という印象とはかけはなれたイメージで語られ、呈示される。青山や原宿の新しい「裏」を紹介するのに忙しい女性ファッション誌の数々。あるいは、ここ数年のイームズを中心にしたモダン・ファーニチャー・ブームでめっきりインテリア・ショップが増えた中目黒から目黒にかけての「裏」を紹介するインテリア雑誌や電波/電子媒体を見ても、これら新しい「裏」街は、なごやかで柔らかい陽射しに満ちた明るいイメージの場所/空間として伝えられている。隠れ家的などと言われることもあるが、それは、かつての穴蔵的な、陰影の中にある酒場やカフェというよりは、むしろ午後の光に照らされた擬似リビング・ルーム──「マイルーム・カフェ」やその類似空間を想起しよう──と言ったほうが近い。
そういった裏エリア──裏街という言い方はやはり濃い陰影に覆われているので、仮にこんな言い方をしてみるが──が、にわかに活気づいてきた理由を述べよと問われれば、まずは常識的なことがらが思いつく。東京という都市の過密状況が、大規模な破壊と再生による再開発プロジェクトによる以外は、隙間のない飽和状態になっていること。これが大前提だとは言えるだろう。しかしそれは、今に始まったことではない。東京はここ数十年、ずっと飽和状態でありつづけたし、だからこそ、地下(ジオフロント)や屋上(スカイフロント)といった垂直軸にそった拡張がここのところ注目を浴びている。その地上版として、残された未開発空間である「裏」への資本の進出があると言えなくもないが、その背景には、近年の東京の人口構造の変化とその変化に応じて発信される広い意味でのイメージの仕組み/仕掛けがある。地下や屋上の開発が、都市機能のさらなる簡便化や高速化、あるいは空き地の有効利用といった経済効率的な要請に根ざしているのに対し、裏エリアの商業空間としての活性化──「開発」と言うには小規模なプロジェクトの同時進行的な現象だが──は、明らかに、バブル崩壊後の都心の地価低下と新たな住宅供給量の増加にともなう人々の都心回帰的な動きと呼応している。
ちなみに、日々の新聞広告に登場する分譲マンションの広告──その多くは環八あたりを外周とする都心から西側の地域や江東区を中心にした湾岸エリアの(半)都心に集中している──に目を通していると、「静か」、「くつろぎ」、「ゆったり」、「自分だけの」、「隠れ家」といったキャッチ・コピーが溢れかえっているのがわかる。そして、それはそのまま、裏エリア──とくに山手通り(環六)周辺にひろがる多くのカフェやレストランが雑誌メディアに紹介されるときの謳い文句と響きあう。裏エリアの魅力は、表通りに面した、いかにも先端的な意匠をほどこされた空間とは対照的に、宅地的なくつろぎの空間であるというところに集約されている。実際、それはイメージだけの問題ではなくて、裏エリアは、どこも表の商業地区と裏の住宅地域の境界領域上に広がっている。
誰もが知っているように、この東京という都市では、鉄道の駅を中心にした繁華街から少し離れると、あるいは、表通りの商店街から一歩裏道に入ると、とつぜん静かな宅地エリアが広がっていることが多い。原宿や青山はその典型的な例だが、商業地区の中間や裏に広がる宅地エリア──それも高層住宅だけではなく一戸建ても含めたエリア──の広さと複雑な入り組みが東京という都市の構造を他に類を見ないものにさせている大きな要因だと思うが、その宅地エリアと商業エリアが交錯するゾーンが、今まさに裏エリアとして開発されつつあるのである。私の個人的な実感から言っても、ニューヨークやパリといった都市と東京がとても違う印象を与えるのは、商業地区の裏に静かにひろがる宅地エリアの大きさと表との落差である。もちろん、欧米の都市にもレジデンス中心のエリアは存在する。しかし、それらはほとんどが低層か高層アパートの連なりとして作られた街並みであるか、階級差を感じさせる高級住宅地であって、雑踏がひしめく表通りからは明確に隔てられ、区画化されている。それに比べて東京の都心から半都心にかけての裏エリアは、雑多なタイプの住居があつまった宅地エリアであり、表通りとのアクセスも多面的でかつ近い。表通りからふっと気紛れに足を踏み入れると、それまでの喧騒が嘘のように静かな宅地に入り込んでいるなどという経験は誰しもに共通のことだろう。
盛り場という空間の襞の「奥」に分け入っていくかたちの「裏」ではなく、横に外れるかたちでの、空白へと抜け出ていくかたちでの「裏」★一。わたしが気になるのは、この宅地的裏エリアの空間のイメージが、どれも「光」に満ちていることである。マンション広告やカフェ、レストランなどの記事や映像に目を通してみれば明らかだが、今、それらのイメージの多くは独特の光に溢れた「白っぽさ」──それは多くの場合、窓やドアから差し込む光を露出過多気味に室内にまで溢れさせるという手法によって演出されている──と自然を感じさせる木材(あるいは木目調の素材)によって覆われている。人口照明の場合も、柔らかく滲まされ、室内をぼうっとした明るみの中に包んでいる。
おそらく、それは、八〇年代の「アフタヌーン・ティー」の登場(一号店はパルコ・パート3内に一九八一年にオープン)などを嚆矢として広がってきた流れだと思うが、それが、近年の「癒し」ブームそして都心回帰現象による都心の人口増加などを受けてさらに広がりを見せているのだろう。「アフタヌーン・ティー」が、基本的にはデパートなどの既存の大商業施設にテナントとして入っているのとは違って、裏エリアの新しい空間は、居住地域の中に進出し、都心に戻ってきた住民たちの日常的な消費行動に照準をあわせている。そういった擬似リビングルームとでも言うべきアトリウム的な空間は、白い壁や天井に囲まれていることが多く、木や緑をどこかに感じさせながら、すべてをあいまいに白っぽい光の中に包み込む。そしてそういった空間に似合うのは、観念や思索の純度を高めるイメージの強いコーヒーではなくて、からだ─五感全体にはたらきかけ、意識の輪郭をゆるませる紅茶であり、ハーブ・ティなのだ。

ハレーション──拡散する光

このような宅地的都心に表われている光のイメージは、どこかで、他のメディアに表われている光のイメージとつながっている。たとえば、宇多田ヒカルの「光」。この曲では、直接東京のイメージがうたわれているわけではなく、恋人のイメージが「君という光」として歌われているにすぎないが、そのシングル盤のジャケットに使われた宇多田の写真のイメージは、私が感じる「白っぽさ」の雰囲気をよく伝えている。光と影の交錯ではなく、影はできるだけ抑制されてすべての細部が均等な明度で見える「オール・オーヴァー」な白っぽさ。それは、時にはハレーションを起こして、まさにそこにいるものの輪郭をすべて曖昧な白さの中に融解してしまおうともする。さらに目を転じれば、宇多田の新曲「SAKURA Drops」が使われているTVドラマ『First Love』のタイトルバックの映像などはそのような白っぽいイメージの典型といっていい。大きな桜の木が咲く高校の校庭の下に佇む三人の登場人物たち──深田恭子、和久井映見、渡辺篤郎──の映像は、全体に白い靄のかかったような光の中に包まれている。また、同じTVドラマで言うと、『夢のカリフォルニア』のタイトルバックにも、やはり逆光を使ってハレーションを起こしたようなショットが多用されている。
こういった白っぽさ、ハレーション気味の光の拡散は、ニュアンスの違いはあるにしても、近年の、まさに光のメディアである写真の世界における傾向とも呼応している。ホンマタカシや佐内正史の写真に見られるような、画面全体に広がる薄い光のフラットな広がり。彼らの光は、影とのコントラストによって見る者の意識を誘導する物語的な光ではなく、そのようなコントラストそのものを画面から排除していったときに残る薄膜のような光である。裏エリアの癒しにつながるような暖かみばかりの光でもないが、拡散する白っぽさの中に薄く浮び上がる被写体は、繊細な粒子を感じさせる光のテクスチャーによって「触られている」──存在の確かさと不確かさの間──という感じを抱かせるものが多い。とくに佐内の『生きている』(一九九七)[図1─3]や『女生徒』(二〇〇〇)、あるいは『Message』(二〇〇一)に散見される空や窓、反射光を含みこんだイメージは、同じように逆光をよく使った『Provoke』時代の森山大道や中平卓馬の映像が、身体全体の強烈な実存を感じさせるのに対して、もっとかすかな手あるいは指の感触──手探りの眼──の域において光を捉えているように思う。
この拡散する光の感覚は、ホンマや佐内以降、ずいぶんと一般的な写真イメージの文法として定着した感があって、その延長上に昨年度の木村伊兵衛賞をとった川内倫子の写真などを置いてみることもできるだろう。川内の『うたたね』(二〇〇一)[図4・5]や『花火』(二〇〇一)においても、世界を包む光の拡散が繊細な感覚で捉えられていて、いささか情緒に流されるところもあるが、次の瞬間には消え去る運命にある現在を、変な言い方かもしれないが、たしかな幻影として定着させている。ホンマや佐内や川内の写真をひとまとまりのものとして論じるのはいかにも乱暴なことには違いないが、文学的な表現を許していただけるなら、彼らの写真に拡散する光の薄膜がたたえる「哀しみ」や「浮遊感」の背景には、世界を意味づけ、物語化していく力への失望とか諦念といった感じがあり、あるがままの世界の存在の不確かさを不確かなままなんとか光によって定着させようという欲求が働いている。ただ、光の粒子までをも見せるような彼らのスタイルはすでに写真の一般文法として確立された感もあり、多くの模倣者が後に続いている。
そういった写真表現の世界における傾向と二人三脚で白っぽさを増殖させてきているのが、雑誌メディアにおけるアート・ディレクションではないだろうか。写真の使用、表紙デザイン、全体的なレイアウトなど、これは私の個人的な印象なのかもしれないが、近頃の雑誌はずいぶんと白っぽくなった。とくに、新興の都市情報誌にそういう傾向が多いように思う。たとえば、環境ファッション・マガジンと銘うたれた雑誌『ソコトコ』。ある時期から(二〇〇〇年九月号がその嚆矢だろう)、この雑誌は表紙の基調を白に統一している。あるいは洗練されたストリート・カルチャー誌とも言うべき『relax』。この雑誌の表紙はとくに白っぽくはないが、内部の紙面づくりは使われる写真も含めて、白っぽい光に溢れている。また、もっと東京という都市に根ざした例を挙げれば、渋谷の街を発信源とした雑誌『@SHIBUYA PPP』[図6]。この雑誌は、表紙も中身も使われる写真も、「白っぽさ」に溢れた雑誌だが、たまたま今手元にある最新号は、全体のテーマが「peacedelic」となっていて、表紙には、明治神宮の桜の木の前に小さな木の植わった鉢をもった小泉今日子の写真が使われている。
その写真は、まさに、最近のマスメディアで使われる写真に頻出する光のイメージの典型と言えるもので、前述のTVドラマ『First Love』のタイトルバックを想起させるのだが、背景の桜の木の上から光が降り注ぎ、その部分だけ露出過多のハレーションを起こしている。その光はさらに前景のほうにも溢れてきていて、地面を、細部が「飛んで」しまうほど明るく照らし出している。人物の背景の空、あるいは太陽そのものから降り注ぐ光が、このようなハレーションを起こしているイメージが今、いかに多いことか。

1──佐内正史写真集『生きている』表紙(青幻社、1997)

1──佐内正史写真集『生きている』表紙(青幻社、1997)


2──同写真集より

2──同写真集より

3──同写真集より

3──同写真集より


4──川内倫子写真集『うたたね』表紙(リトルモア、2001)

4──川内倫子写真集『うたたね』表紙(リトルモア、2001)

5──同写真集より

5──同写真集より


6──『@SHIBUYA PPP』 (P2P NETWORK INC.、2002)

6──『@SHIBUYA PPP』
(P2P NETWORK INC.、2002)

トランス──白いサイケデリック

気になるのは、映像作家中野裕之の造語でありこの特集号のテーマである、「peacedelic」というコンセプトだ。日本語で言うと、それは「平和に凝っていること」となるらしいが、この語尾の─delicには、むろん、「凝っていること」以上のニュアンスが含まれている。言わずもがなだろうが、それは、psychedelic(サイケデリック)を連想させる言葉であり、中野自身も、「宇宙感」とか「頭の中がα波で真っ白になっていく」など、かつてのサイケデリック・カルチャーについての言説を意識した語り口で、ピースデリックについて語る。では以前のサイケデリックとどこが違うのかという疑問が当然わいてくるが、それについて明確に中野自身が語っているわけではないし、雑誌の編集側も触れていない。明らかに異なると思えることは、このピースデリックは、かつてのサイケデリック以上にエコロジカルな視点を大切にしていることだろう。中野自身が、そのコンセプトの源泉に宮崎駿の『千と千尋の神隠し』を挙げているように、自然環境との共生といったテーマがその根底には流れていて、一言でいって、ピースデリックは「クリーン」なのだ。
サイケデリックの世界がつねに依拠していた薬物や音の暴力は、ピースデリックのイメージの背景には見えてこない(それはまさに表面的なイメージだけのことなのかもしれないが)。
そう、前者が虹色のいわゆるサイケ調の光と色彩によってもたらされる異時空の体験だったとすれば、後者は、私なりの言い方をすれば、「白い」サイケなのであり、白いハレーションなのだ。そしてそれは、このところの「トランス」ブームともどこかでつながってくるのではないか。私は、トランスについてそれほど詳しくはないけれども、そのイメージが、どこか六〇年代以来のクラブ・カルチャーにおける「トリップ」と違うなと感じるのは、現代のエコロジカル・ムーヴメントと結びついたクリーンな「光」のイメージ──それは時に、「クリーン」を通りこして、すべてを焼きつくし溶かす光源を希求する──を感じるからである。もちろん、クラブ内のイヴェントでは自然光ではなくビームを多用した人工照明が空間を満たすのだが、そこで求められているものもやはり、ぼんやりとした白い光に包まれたある種の浮遊感であり、暴力的に異世界へと飛んでいくものとは違って、この世界にいながらにしていないというような、ぼんやりと気持ちのいい忘我の状態なのではないだろうか。そういった感じは、たとえば、近年のトランス的な東京を象徴する書き手のひとりである田口ランディの『コンセント』において語られるトランス状態の記述にも呼応する。この小説に出てくる主人公ユキの兄は、不自然な孤独死を遂げるが、その生前、「自発性トランス」状態に入る技術を身につけていたという。

自発性トランスの奴らはな、自分で自分の意識を身体から出したり入れたりできるんや。空想癖のある人間に多い。最初のうちは、自分だけの空想の世界に遊んでるんよ。子供みたいに空想に没入して、その世界の中で現実と同じように生きている。(…中略…)一種の自己防衛やな。そうやって、現実の緊張から逃げているうちにな、なんかの拍子でポンっとトランス状態に入ってしまう。忘我の状態だ。これがえらい気持ちいいらしい。一度経験すると、その状態があんまり気持ちいいんで、現実の世界に帰ってくるのが嫌になるんや。(…中略…)酒なんぞ飲まなくても薬なんぞやらなくても自発的にトランスしちゃうわけやから、こんなお手軽で気持ちええことないわな★二。


田口の語るこの「自発性トランス」のイメージにおいて重要なのは、それが、世界の苦しさから逃れるためのものであり、しかも外の世界とのつながりを断ち切る内向的なものであるということである。この内向性と自発性において、このトランスのイメージは、「癒し」─「ピースデリック」的なものとは一線を画すようにも見えるが、同時にこの小説では、主人公のユキ(妹)が、最終的には自らの身体を「コンセント」と理解することによって、このトランス状態をコントロールし、他者のトランスのための媒体となることによって救済を実現するという結末を迎える。つまりユキは自閉的なトランス状態を光源=癒しの媒体として他者に開く術を身につけるのである。その自らの能力の発見のプロセスにおいて、ユキは、沖縄の霊媒であるユタのひとりと会い、そのユタから、「あなたはとても新しい命です。私たちとは違うものをもっている。私たちが古い自然の巫女なら、あなたは新しい地球の巫女の卵なのかもしれない」と告げられる。そのユキが、自分の「コンセント」としての力を初めて自覚し解放して、決定的なトランス状態のなかで、死んだ兄がこの世に残した振動と共鳴するときそれは、お定まりのレトリックではあるが、世界が神々しい光に満ちてくる夜明けの経験として描かれる(「頬に暖かな光を感じた」、「柔らかな光の中で、私はオゾンを含んだ空気をめいっぱい吸い込んだ」……)。そして結末において、ユキは、自らの身体/セックスを使って治療行為をするビジネスをはじめるのだが、その能力を発揮する場として選択したのが渋谷という街であることはとても象徴的である。やがて、この伏線が次作の『モザイク』における電磁光に満ちて渋谷の街全体が、一種のトランス状態、あるいはハレーション状態になるというイメージへとつながっていくのである。そして同時に、この都市的トランスの作家田口ランディが『光のあめふる屋久島』(幻冬社、二〇〇一)でまさにエコロジカルな光の体験へと関心を拡げたことは、トランスの「白い光」の両義性を証言する結果ともなっている。

静かな東京──救いをもとめて

癒しの空間の白っぽさから白いサイケ、トランスと、少し先を急ぎすぎた感があるが、ここでもう一度、宅地的東京のイメージに溢れる光に戻るとしよう。この宅地的東京に溢れる光にも、救済への期待がある。私が念頭に置いているのは、たとえば、最近相次いで東京をタイトルに入れた作品を発表した江國香織『東京タワー』(二〇〇一)と長野まゆみ『東京少年』(二〇〇二)であるが、この二人の描く静かな東京の生活には、田口ランディがこだわったような電脳都市のイメージや都市の喧騒を思わせるイメージはまったく登場しない。むしろ反対のベクトルを持っているといってもいい。都市の喧騒よりは、まさに宅地的空間の静けさ、おだやかさを背景に、それぞれの心理ドラマが展開される。そして、きまって彼女たちの作品には、光を感じさせる何かがずっと基調音をつくっている。
とくに光にまつわる描写が多用されるということもないのだが、江國の『東京タワー』では、主人公の二人の少年のひとりの名が「透」であり、この少年の存在のまさに透明な感覚がこの小説の基調を形作っている。ガラス張りのマンションに母親と一緒に住み、どこにも行き場がないと感じているこの主人公の少年は、母の友人である年上の女性「詩史」だけが、自分をその部屋から連れ出して、生きさせてくれる存在だと感じている。そして、彼の部屋から、あるいは屋外から眺められる東京タワーは、その詩史の存在に響きあうかのように、透の精神のよりどころとして小説の流れのなかで思い出したように言及される。たとえばこんな具合に。

寒い夜だ。吐く息が白い。この坂をのぼるとき、振り向くとそこには東京タワーが見える。いつも。真正面に。夜の東京タワーはやわらかな灯りに縁どられ、それ自体が発光しているようにみえる。まっすぐな身体で、夜の空にすっくと立って★三。


「やわらかな灯り」や「発光」といった表現は、たまたまこの一節に出てくるだけには違いないが、全編を通じて、似たようなやわらかい光のイメージは一貫している。なぜか夜景や雨の景色の描写においても、そのような光のイメージを感じるのは、この小説だけの問題ではなくて、江國の小説家としての資質の問題だろう。彼女の他の作品群に目を向けてみればそれは明らかで、タイトルだけを見ても、『きらきらひかる』、『なつのひかり』、『落下する夕方』など、光を感じさせるものが多いし、彼女の作品についての感想におけるひとつのクリシェは、「透明感」である。さらに、東京という都市との関わりで『東京タワー』を見てみると、この作品に登場する街々は、恵比寿であり、代官山であり、六本木であり、等々力である。どれも、先に私が触れた宅地的裏エリアのイメージをもつ街である。若い女性の読者層における江國人気は、まさに、そうした新しい宅地的都心のイメージとの響きあいによって醸成されていると言ってもいい。彼女の小説世界の恋愛は、そうして東京の具体的な変貌によって擬似体験可能なものとして支えられているのである。
一方、長野まゆみの『東京少年』のほうも、東京タワー界隈を中心にして、湾岸エリアまで広がる地域を舞台にしているが、やはり、都市の喧騒はまったくと言っていいほど言及されない。むしろ、その舞台となる「界隈」は、都心の中に現われた郊外とでも言うべきおだやかな姿で描写されている。この小説では、主人公である一四歳の少年ロクが、幻の椿を探しもとめる過程が、自分自身の出自の探索──本当の母、そして父は誰か? そして自分のセクシュアリティは?──へと次第に折り重ねられていくのだが、その探索のプロセスの一貫した導き手となり、ロクのほのかな憧れの対象ともなる、いわば狂言回し役の青年がいる。先の江國の作品よりさらに直接的に、この青年は「光さん」という名を与えられている。その光さんが、ロクを単車の後ろに乗っけて、湾岸へと連れ出す場面がある。

なだらかなダウンヒルの彼方に逃げ水があらわれ、陽を浴びて輝いた。その向うに水平線が見える。そらがぐっと近くなった。宙へ浮くような心地がして、ぼくは光さんの躰へ遠慮なくしがみついた。単純に気持ちがいい。風圧をどんなに感じても、怖くはなかった。(…中略…)乗り心地は申し分なかった。なのに、というよりその所為で僕の拍動はむやみに激しく鳴った。光さんが何かを云ったが聞き取れなかった。ただ、声を出すさいの振動が、触れている躰を通して思いがけず鮮明に伝わってきた。その感じは、ぼくに後ろめたい気分を抱かせた。なぜだかわからず、それが異物になって躰の中に残るのがわかった★四。


光の後ろに乗り、躰を密着させながら、光の中を走る。すると「そらがぐっと近く」なり、「宙へ浮くような心地」がする。
江國の小説群とは違って、長野の作品は、現在の東京の裏エリア開発と同調しているという感じはあまりしないが、光のイメージは、この小説の基調音となっている。そして、両者ともに共通することだが、この光のイメージには、いつも救済への希求が、ぼんやりと付着している。それは、彼らの小説の登場人物たちが、つねに、深い傷を負ってコミュニケーション不全に陥っている者であることと関わっている。その意味では、正反対のベクトルを指しているとはいえ、田口ランディのトランスを通じた救済の世界と江國や長野の光を通じた救済の希求は、どこかで繋がっていると言っていいだろう。サイケデリックとエコロジー/癒しを結びつけた中野裕之の「ピースデリック」を間に置いて考えてみると、いっそう、そのつながりまたは相補関係が見えてくるのではないだろうか。

7──江國香織『東京タワー』 (マガジンハウス、2001)

7──江國香織『東京タワー』
(マガジンハウス、2001)


8──田口ランディ『コンセント』 (幻冬舎文庫、2001)

8──田口ランディ『コンセント』
(幻冬舎文庫、2001)


9──長野まゆみ『東京少年』 (毎日新聞社、2002)

9──長野まゆみ『東京少年』
(毎日新聞社、2002)

郊外──暗部

ところで、このような光に満ちた東京のイメージは、当然のことながら、あらかじめの暗部の排除によって成り立ってもいる。田口ランディの『コンセント』では、主人公ユキの兄の死、そのグロテスクな死体の描写がその暗部を垣間見せてくれているが、その兄が孤独死をとげる場所が、「中央本線沿線の殺風景な駅」の近くのアパートであったことに注目しよう。
ここまで私は、都心回帰現象と、都心地域における光のイメージの増殖の関連性について述べたが、では、その回帰現象によって無視され、取り残されて、光を失っている場所はどこだろうか。郊外である。周知の通り、バブル経済の崩壊後、東京郊外の宅地開発や大学移転、大規模商業施設開発が失敗したり、行く末が危うくなったりして、郊外のイメージには急速に翳りが見えはじめた。その具体的な事例については今さらここにあげつらう必要もないだろう★五。勇んで郊外に移転していった大学の多くは都心に戻りつつあるし、閉店を余儀無くされた大型小売店も数多くある。何よりも、地価の下落が、都心ではどうやら落ち着き、所によっては上向きになってきているのに、郊外の八王子市や多摩市では、二〇〇一年発表の時点で前年比マイナス一〇・六パーセントとまだ底を知らぬ落ち込みを続けていることに、その凋落ぶりを見て取ることができるだろう★六。
イメージの世界でも、郊外はもはや夢の生活を象徴するトポスではなく、むしろ、廃墟的な負のベクトルをもったトポスとして描き出されることが多くなってきている。その最たる例として、たとえば、桐野夏生の『OUT』(一九九七)を挙げることができるだろう。TVドラマ化もされたこのミステリーの舞台は、東京郊外のベッドタウンだった(TVヴァージョンではプロットに変更が加えられているが)。それぞれの生活に荒廃をかかえる主婦四人が、ひとつの殺人をきっかけに死体処理の仕事を手がけるようになり、「壊れ」の道を突き進むという話である。郊外生活がすでに崩壊したものとして描かれているそのことも重要だが、さらに興味深いのは、死体処理の仕事を中心となって仕切っていく主婦雅子の反対の極に位置し、雅子を追い詰める存在でありながら、その唯一の無意識の共鳴者でもある佐竹という人物が、歌舞伎町の世界に属する人物だということである。
つまり、この『OUT』においては、郊外と歌舞伎町が、同じコインの表裏として響きあい、呼びあう構造になっているのである。その両極によって構成される場には、まったくと言っていいほど光は差さない。郊外の主婦たちは夜中の弁当工場のパートで知り合った仲間であるし、一方、歌舞伎町で何軒かの店を切り盛りする佐竹は、言うまでもなく夜の仕事についている。そして、この合わせ鏡のようになった闇の世界においては、救済という言葉さえ白々しく響くほどの凄惨たる光景が展開され、「癒し」の可能性などかけらもない加速度的な「壊れ」が進んでいく。その世界では、死体がモノとして切り刻まれ、生きている者にメッセージなど残すこともできずに、文字通り闇から闇へと葬られていく。
この主婦たちの崩壊に向けての暴走は、現時点から振り返れば、『金曜日の妻たちへ』(パート1は一九八三年放映)あたりにその予兆を感じとることができる、郊外生活の虚構性をつくドラマの最終形態であるには違いないが、しかしそれにしても、誰がこんな地点まで行き着くと考えただろう。この背景には、確実に、バブル崩壊以降の東京の病理が巣くっている。歌舞伎町モノも、近年、馳星周の作品群や山本英夫のマンガ『殺し屋1』(三池崇史によって映画化もされた)など、ますます殺伐とした方向へ──しかもどれも死体(いや生体までも)をモノとして切り刻むということが強調されたイメージを含みこんで──向かっているが、それらも『OUT』の合わせ鏡として見ることができる。同じような郊外と盛り場の合わせ鏡構造は、井上三太の『TOKYO TRIBE』のシリーズ(一九九六─)にも見ることができる。過激な暴力表現に溢れたこのマンガでは、郊外のファミレスなどにたむろっているTribe(族)が、池袋、渋谷、新宿といった盛り場での抗争を展開していく。そのなかでも、人間の身体を生きたまま切り刻むというイメージが繰り返し描かれる。
地価が二極化しているように、東京のイメージも二極化しようとしている。一方には、やわらかく白い光に包まれた宅地的都心の透明で静かな世界。昨今のカフェ・ブームや江國香織に象徴されるようなイメージ。もう一方には、そういう都心宅地エリアを挿んで結び合っている都心の盛り場と郊外の暗黒。この二極は、単純に善と悪、快と不快などというようにレッテルを貼れるようなものではないだろうし、その間には、曖昧なグレイゾーンも広がっている。また、湾岸エリアのイメージなどを考えると、この二極のみで東京を捉えることには無理もある。しかし、都心回帰現象が続き、宅地的な裏エリアの開発がしばらく続く間は、この光のイメージはさらにヴァリエーションを増やしていくだろう。しかし、それは、必ずしも幸福を保証する光ではない。むしろ、都市住民たちの生活の希薄さ、危うさそのものに呼応しているはずである。それは、いつでもハレーションの臨界点にあって、「いま、ここ」の現実を白のヴェールによって呑みこもうと待ち構えている。その先には救済があるのか、存在の無化があるのみなのか。その不安を身近に感じるからこそ、今、表現は、腫れ物にさわるような感触で光を確かめ、なだめ、あやうい現在の「裏」にかすかな希望の種を見つけようとしているのではないのか。



★一──かつて、槇文彦は、東京という都市の構造を「奥の思想」によって読み解いた。この「奥」という考え方は、江戸から東京へとつづく盛り場の構造を考えるのに有効な概念であり、現在の「裏」という感覚も、槇の言う「奥」という感覚と関係するかもしれない。しかし、あえてここでは、土着の記憶を背負った盛り場の「奥」と近代以降に開発された宅地としての「裏」の違いを際立たせるために対置してみた。槇の「奥の思想」については、『見えがくれする都市──江戸から東京へ』(SD選書、一九八〇)を参照。
★二──田口ランディ『コンセント』(幻冬社文庫、二〇〇〇)二〇二頁。
★三──江國香織『東京タワー』(マガジンハウス、二〇〇一)五一頁。
★四──長野まゆみ『東京少年』(毎日新聞社、二〇〇二)三八頁。
★五──郊外の多摩ニュータウンの凋落について、基本的な情報と自身の住民としての記憶をおりまぜながら記した印象深いエッセイとして重松清の「年老いた近未来都市」(『隣人』[講談社、二〇〇一]収録)を挙げておく。また大学の都心回帰については、青山学院、法政、日本大学などこのところの私大の動きを中心に簡潔に伝えたものとして二〇〇〇年七月二六日付の朝日新聞の記事「私立大学が続々と都心回帰めざす」を参考としてあげておく。
★六──市川宏雄編『図解東京都を読む事典──八三のキーワードでわかる』(東洋経済新報社、二〇〇二)五二頁。さらに二〇〇二年の発表によれば、渋谷区、港区などの都心地区の地価が横ばいから上昇傾向を示しはじめたのに対して、神奈川県では地価の下落がさらに進んだという結果が出ている。

>林道郎(ハヤシ・ミチオ)

1959年生
上智大学教授。西洋近現代美術史、美術評論。

>『10+1』 No.28

特集=現代住宅の条件

>槇文彦(マキ・フミヒコ)

1928年 -
建築家。槇総合計画事務所代表取締役。