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庶民の田園都市 | 三浦展
A Garden City for the Common People | Atsushi Miura
掲載『10+1』 No.28 (現代住宅の条件) pp.37-39

ゆえあって赤羽に行った。私にとっての赤羽のこれまでのイメージとは赤羽台団地だった。東京では有名な団地であり、また団地の歴史を語るうえでも、住宅公団の歴史上も重要な団地であろうが、私はこの団地の名前を赤塚不二夫の漫画で知った。たしか、『天才バカボン』だったと思うが、バカボンのパパがどういう脈絡でかは忘れたが、突然「赤羽台団地!」と叫んだのだ。私はそれで赤羽にはどうも団地があるらしいと知ったのである。
しかし実際に赤羽に行ったのは今回が初めてだった。素直にJR赤羽駅で降りればいいのだが、私は十条駅のほうから歩いた。環七を過ぎると十条仲原三丁目。このあたりは、古い、庭もない小住宅が軒を連ねて並んでいる。二階建ての長屋のようなものである。相当古いので老人しか住んでいないようだ。だから町は至って静かである。
そこを過ぎると公園がある。清水坂公園だ。文字通り相当急な坂があり、坂の下には池もある。名前からすると周辺から清水が流れて、この池に注いでいたのだろうか。気持ちのよい公園だ。
公園を過ぎると、赤羽西三丁目に入る。このあたりは道が細くて曲がりくねっているので、なんども地図を見ながら歩かないと必ず迷子になる。しかも今度は急な上り坂だ。赤羽というと荒川も近いし、きっと平べったい低地なんだろうと思っていたのだが、まったく違う。たしかに荒川は近いのだが、荒川に向かって無数の小さな川が段丘を削って谷を作っているので、まさに山あり谷あり、昇ったり降りたりの連続なのである。
曲がりくねってアップダウンのある小道というのは、たしかに不便だし、火事の時は大変だろうが、散歩をするには楽しいものだ。大体あまりまっすぐな道というのは退屈だし、趣に欠ける。
しかし近代的な都市計画は曲がった道が嫌いだ。ル・コルビュジエがまずそういう思想の持ち主だった。ル・コルビュジエは書いている。「人間は、目的をもつゆえ真直ぐ進む。人間は行く先を知っている。どこかへ行こうと決心し、そこへ真直ぐ進む」。それに対して「ろばはあちらこちらし、放心し気が散ってちょっと立止ま」る。散歩なんぞするのはろば的なのだ。私はろばです。
さらにル・コルビュジエは書く。「直線は、都市の魂にとっても健康だ。曲線は、有害、困難、危険であり、麻痺させる」、「真っ直ぐな街路は仕事の街路である。曲がった街路は休息の街路である」、ただし「真っ直ぐな道は歩くには全く退屈だという権利もある。(…中略…)反対に、曲がった街路は思いがけない輪郭が相継ぐゆえに楽しい」、「曲がった街路は本質的に絵画的である」★一。
このようにル・コルビュジエは、曲がった道が絵画的で休息や楽しみには向いていることを認めつつも、近代的な仕事と健康的な生活と目的合理的な行動のためには街路は真っ直ぐであるべきだと主張する。そして実際彼の描く都市の中ではやたらと直線的なハイウェイが地平線の彼方まで伸びていた。
そんなことを思いつつ、さて所番地が赤羽西四丁目に変わったら、地図を見る。四丁目の一番地から一三番地にかけて、扇状になっている。ここが同潤会の住宅地だ。
同潤会というと、代官山と表参道のアパートが有名だ。しかしアパートだけでも同潤会は、本所区向島、本所区横川橋、深川区白河町、芝区三田豊岡町、荒川区日暮里町、下谷区北稲荷町、麹町区霞ヶ関、小石川区大塚窪町、牛込区小川町、深川区住吉町、横浜市中区山下町、同・神奈川区平沼町に建設している。
また同潤会は、上記の鉄筋コンクリート造りの賃貸アパートとともに「普通住宅」と呼ばれる木造賃貸住宅も建設している。鉄筋アパートは比較的都心部に多いし、特に青山や代官山のものは相当高給取り向けのものだった。それに対して普通住宅は赤羽のほか、王子区上十条、杉並区井荻、荏原区中延町、品川区大井金子町、城東区北砂町、江戸川区東小松川、荒川区尾久町、そして横浜に四カ所であった。上十条の普通住宅とは、実は先ほど通り過ぎた十条仲原の住宅地なのであった。
赤羽の同潤会住宅地の中には、銭湯、公園、テニスコートなどの施設があった。銭湯と公園は今も残っている。銭湯の名は鶴ヶ丘湯というが、どうもこの住宅地のある丘が鶴ヶ丘というらしい。なかなか意匠を凝らした銭湯で、入口前には小さな池や植え込みもあり風情がある。手前の駐車場にかつては管理事務所があったはずだ。
銭湯の東には東西南北の道が交わる小さな広場のような場所があるが、そこには駄菓子屋、肉屋、八百屋、総菜屋などが今もあって、昔からそこがこの住宅地の中心部であったことがわかる。駄菓子屋には町内会長の看板があり、おじいさんが座っている。
そしてこの駄菓子屋と銭湯をつなぐ道から一本折れた路地には化粧品店がある。資生堂のチェーンストアで、小さな古い店だが、今も営業しているようで、最新のポスターも貼ってある。
しかし店頭にある男性化粧品を見ると、MG5、ブラバス、ロードスという一九七〇年代の商品ラインナップが整然と並んでいる。MG5やブラバスは今でも普通のドラッグストアで見かけるが、ロードスはあまり見なくなったから若い人は知らないだろう。ロードスは資生堂の男性化粧品としては最高級品である。ちなみにカネボウの最高級品はバルカンで、昔はマルチェロ・マストロヤンニがコマーシャルに出ていた。しかし今は使う人が少ないはずだ。若いサラリーマンが寝ぐせヘアスタイルをする時代、ロードスなんて使うわけがない。それはともかく、「東京・銀座」を売りにする資生堂のイメージと、庶民の街赤羽のイメージとは少しずれるなあと思った。
また公園の近くには酒屋があり、キリンビールの看板がある。下町の飲み屋のビールはほとんどがサッポロである。しかもサッポロ黒ラベルではなくサッポロラガーなんてものがまだけっこう置いてある。だが赤羽の同潤会はキリンビール。なぜだろう。偶然かも知れないが、そうでもないだろうと思っている。
キリンビールは三菱グループだ。だから少しお上品だ。山の手のホワイトカラーが飲むビールだと言える。対してサッポロは下町のビール、職人が飲むビールだ。とはいえビールは昔は貴重品。まして七〇年前は、今の感覚だと一本五〇〇〇円くらいはしたはずだ。毎日がぶがぶ飲むものではない。ましてキリンビールは三菱に勤めるホワイトカラーが飲むもので、下町の庶民はいつもはどぶろくか焼酎か安い日本酒、たまに懐具合がいいときだけビールを一杯引っかけるというものであったに違いない。今で言えば、クリスマスの時だけドンペリのシャンパンを飲む、みたいなものであろう。
だから、同潤会住宅にある化粧品がカネボウでなく資生堂、酒屋がサッポロでなくキリンの看板を掲げていたのは偶然ではなく、この住宅地が近代的な田園都市という理想を掲げていたからこそではないかという仮説が成り立つ。こういう古びた住宅地にも、街と消費文化の関係を考える素材は転がっているものなのである。

1──赤羽同潤会住宅

1──赤羽同潤会住宅

2──同潤会住宅地内の総菜屋に来た老人たち ともに筆者撮影

2──同潤会住宅地内の総菜屋に来た老人たち ともに筆者撮影

3──銭湯 筆者撮影

3──銭湯 筆者撮影

4──駄菓子屋 筆者撮影

4──駄菓子屋 筆者撮影


5──化粧品店 筆者撮影

5──化粧品店 筆者撮影

6──酒屋 筆者撮影

6──酒屋 筆者撮影


★一──ル・コルビュジエ『ユルバニスム』(樋口清訳、SD選書、一九六七)。

>三浦展(ミウラ・アツシ)

1958年生
カルチャースタディーズ研究所主宰。現代文化批評、マーケティング・アナリスト。

>『10+1』 No.28

特集=現代住宅の条件

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>ル・コルビュジエ

1887年 - 1965年
建築家。