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マテリアル・イマジネーション | 丸橋浩
Material Imagination | Marubashi Hiroshi
掲載『10+1』 No.38 (建築と書物──読むこと、書くこと、つくること) pp.116-117

マテリアルが建築を誘導する。
ヘルツォーク&ド・ムーロンやピーター・ズントーらの建築を通して、私たちはその事実を目撃した。彼らの作業がもたらした建築におけるマテリアルの可能性とは、ひとつには建築における表層の復権であり、もうひとつは建築の組成を再編成させるマテリアルの可能性である。ヘルツォーク&ド・ムーロンの建築が提示する表層性とは、環境における建築の文脈を豊富化することを可能とする表面である。私たちは彼らの建築を通して、建築というオブジェクトがひとつの物質であり、その物質の相を操作することによって建築の存在が多様に変化することを改めて認識した。
また一方でマテリアルは、建築の組成そのものの再編成を促す力を備えている。ピーター・ズントーの《ブレゲンツ美術館》(一九九七)では、空調用熱源プラントや大口径のダクトシステム、仕上げ材等の加算的要素を極限まで削除し、温・冷水を通すパイプシステム等をインテグレートしたRC躯体とガラスのスキンによって、新しい建築の組成を実現している。ズントーの場合、マテリアルのプロパティ(特性・機能性)を突き詰め、建築の機能を選び抜かれたマテリアルへとインテグレートすることによって、建築における通常の組成を解体し、新たな建築へと到達している。
このようにマテリアルの再組成化への誘導力は、新しい組成へと建築を導くだけでなく、建築における生産—流通—廃棄の図式を一変させうる可能性さえある。例えば伊東豊雄の《桜上水K邸》(二〇〇〇)において、躯体とサッシの一体化をアルミニウムが実現させたように、複数の職種が携わる現在の建築の建設を解体して単一化を促進し、資源のリサイクル性を飛躍的に改善する可能性もマテリアルが担いうる。つまりマテリアルは、地球環境をも射程に入れた大きな社会的な影響力を潜在させていると言っていいだろう。
以上の例からもわかるように、マテリアルの操作を考えた場合、操作される対象とは「もの」というよりもマテリアルのプロパティそのものである。つまりマテリアルとは自律的な存在なのではなく、他律的・他動的な存在であり、プロパティと操作とが一対となった存在なのである。現代において、プロパティは目的に合わせて操作される対象なのであり、そしてマテリアルの面白さとはその操作性ということに尽きる。近年建築の分野でもマテリアルが注目される理由は、建築の存在を外在的に揺さぶるマテリアルの潜在力にほかならないだろう。

マテリアルのプロパティを目的に合わせて操作する可能性は、プラスチックの登場によって大きく加速されたと言っていい。二〇世紀における私たちの飛躍的な生活の変革の軌跡は、爆発的に普及しその種類を増殖させたプラスチックの歴史のトレースであると言っていいだろう。プラスチックの可塑性とは、物質に機能を溶解させる一体化の技術であって、物における部分と全体の関係性を劇的に刷新した。単純なかたちのなかに複雑な多機能性を宿し統合する技術の登場によって、マテリアルを目的に合わせてデザインするという動きを加速させたのである。
プラスチックを軸に、マテリアルがその物質性のなかに多機能性を複合化してゆく様を、エツィオ・マンツィーニは、その著書、The Material of Invention, MIT Press, 1986. のなかで論じている。マテリアルがデザインされ操作される対象となり、目的に合わせ高度にアッセンブリーされる状況を、マテリアルとデザイン、プロダクトとを架橋しながら分析的に論じた先駆的な著書である。まさに自然をも乗り超えた技術の勝利とも思えるデザインされたマテリアルが、その最適化の先に見出すものとは、自然の中に存在するモルフェ蝶の構造発色や骨や、植物に見出せる傾斜構造などであるということが面白い。ちなみにマンツィーニはその著書のなかでそのことを「準自然(quasi natural)」と呼んでいる。「より少ない物質、より少ないエネルギーで、より高いパフォーマンス」を発現するという最適化のプロセスは、先端技術や新素材開発の世界のものだけではなく、自然そのものの特性にほかならないということに改めて気づかされるだろう。
マンツィーニの論考を踏まえながら、現代のマテリアルの高度に複雑化し多様化した世界を鮮やかに一望のもと展示して見せたのが、一九九五年にニューヨーク近代美術館で行なわれた「Mutant Material in Contemporary Design」展(以下「ミュータント・マテリアル」展)である。翌年日本にも巡回し、その想像を絶するマテリアルの変容と進化の状況が紹介された。展覧会においてマテリアルは、プラスチック・セラミック・繊維と複合材料・ゴムとフォーム・ガラス・木・金属という分類に整理し展示されていたが、高度に機能化されたマテリアルはそのカテゴリーを横断的に存在するため、あくまでそのカテゴリーが仮のものでしかないことを私たちに気づかせた。マテリアルの驚嘆の世界を伝える同展のカタログ(Paola Antonelli, ed., Mutant Material in Contemporary Design, MoMA, New York, 1995.)が出版されている。この展覧会のキュレーターは、ニューヨーク近代美術館建築デザイン部門を担当するパオラ・アントネッリであった。
この展示において私が特に目を奪われたのが、エアロジェルという物質である。「フローズン・スモーク」ともいわれるその物質は、その言葉が示すように体積の九九パーセントが空気であり、そのエッジの輪郭はぼやけている。チェレンコフ光検出器用材料★一としてくらいにしか利用されておらず、今後新しいアプリケーションの開発を待つ、可能性を秘めた魅惑のマテリアルである。

1──Mutant Material in Contemporary Design

1──Mutant Material in Contemporary Design

このエアロジェルとの出会いがきっかけとなって、私もその編集に参加している『SD』一九九九年五月号(「特集=挑発するマテリアリティ」、鹿島出版会)が企画された。「ミュータント・マテリアル」展の四年後の世界における、さらなるマテリアルの進化とデザインの多様化をこの本によって確認できると思う。私たちはこの企画を通して、マテリアルとは「もの」というよりも「こと」であるということを確信した。つまりマテリアルとは、操作によってもたらされたある一定の状態であり、操作という行為と一対になっている。よってこの特集では、軽量化・単一化・表面操作・意味の変換・ミクロの複雑系という、物質の操作を基軸においた分類を行ない分析を加えている。

2──『SD』1999年5月号「特集=挑発するマテリアリティ」

2──『SD』1999年5月号「特集=挑発するマテリアリティ」

現代の先端的なマテリアルをデザイナーの視点から網羅的に紹介しているのが、Chris Lefteri, Plastic Materials for Inspirational Design, RotoVision, 2001. である。この本はシリーズ化しており、ほかに「Ceramics」、「Glass」、「Wood」がある。美しい写真とわかりやすいレイアウトによって、先端のマテリアルの魅力を余すところなく伝えており、頁をめくるたびに想像力を強く刺激される。すばらしいプロダクトとして結実したマテリアルのみならず、新しいアプリケーションの開発を待つマテリアルも紹介され、テクニカルデータや製法等の説明も併記され、複雑に高度化した現代のマテリアルを読み解く手掛かりとなる書籍である。
また、世界のすばらしいプロダクトを毎年集めて発表しているThe International Design Yearbook, Laurence King Publishing. も併せて読むことによってマテリアルの進化を目の当たりにすることができるだろう。毎年選者が変わっており、今年はドローグデザインで有名なマルセル・ワンダース。過去には、フィリップ・スタルク、ジャン・ヌーヴェル、ロス・ラブグローグと、綺羅星のごとく著名なデザイナーたちが名を連ねている。すばらしいプロダクトに驚かされることもさることながら、選者に合わせてその選定の基準が毎年変化しており、それぞれのデザイナーの考え方をうかがい知れてそれもまた面白い。

建築の分野では、最先端のマテリアルを利用して、新たな建築が誕生するということは稀である。たいがいは社会に普及しコストも安価に供給されうるマテリアルが、建築の分野で利用されている。しかしながらここに紹介した書籍が開陳する現代マテリアルの様相が、建築に与える影響は少なくないと私は考える。文頭で紹介したように、マテリアルは何を使うかではなく、いかに操作するかが重要なのである。むしろ平凡なマテリアルのプロパティを注意深く分析し操作することによってこそ、建築の組成をも書き換えうる潜在力が発揮されるのではないだろうか。新たな想像力こそ待ち望まれている。


★一──物質中を通過する荷電粒子の速度が、その物質中の光の速度(光速c/屈折率n)より大きい場合、粒子の飛跡にそって物質が発する光がチェレンコフ光であり、それを検出する装置がチェレンコフ検出器である。ちなみにスーパーカミオカンデは、純水を利用した水チェレンコフ検出器である。

>丸橋浩(マルバシ・ヒロシ)

1968年生
アマテラス共同主宰。建築家。

>『10+1』 No.38

特集=建築と書物──読むこと、書くこと、つくること

>ピーター・ズントー

1943年 -
建築家。自身のアトリエ主宰。

>伊東豊雄(イトウ・トヨオ)

1941年 -
建築家。伊東豊雄建築設計事務所代表。

>ジャン・ヌーヴェル

1945年 -
建築家。ジャン・ヌーヴェル・アトリエ主宰。