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「風景画」としての都市 | 金森修
City as "Landscape" | Kanamori Osamu
掲載『10+1』 No.28 (現代住宅の条件) pp.23-25

1 絵のような町──遠隔性

高名な地理学者、ジョン・ブリンカーホフ・ジャクソンの『ヴァナキュラーな風景を発見する』★一をひもといてみると、最初に興味深い指摘がなされているのに突き当たる。英語のlandscapeという言葉は、もともと風景を題材にした絵画のことを意味していたというのである。もちろん、いまでもその言葉には風景画という意味もある。だがそれは、一九世紀前半頃までほとんどもっぱらその風景画という意味を中心的なものとし、現在のように風景とか眺望とかいう意味はもっていなかったらしい。現在のような意味がその言葉に付け加わるのは、一九世紀半ばを過ぎた頃からだ。それでもまだ当時、景観を設計する専門家たちは、landscapeという言葉を敬遠し、terrainやenvi-ronmentというような言葉を使うほうを好んだ。なぜなら、景観設計のためには生態学や環境心理学などの知識が必要とされたが、それは、風景画そのものを形づくる美術的実践とは自ずと性質を異にするものだったからである。風景画という意味は徐々に背景に退きつつあったとはいえ、landscapeという言葉から、もともとの美術的で審美的な響きが完全に失われることはなかったのだ。
ところで、現時点で風景画という言葉を聞いてその画面を想像するとき、まず最初に林立するビル群や都会の雑踏を思い描く人はあまりいないだろう。風景画といわれれば、一七世紀のオランダ絵画やジョセフ・ターナーの霧に暈けた森などを思い出すのが通例というものだ。何もそれが悪いというのではない。風景画には、いかにも風景画に相応しい題材というものがあり、歴代の重要な風景画家たちは、それを見逃すことなく自分の美的世界の構成成分にしてきたのである。だが、ここでもう一度landscapeの歴史に思いを馳せ、生態環境や都市設計、景観構造などというようなタームが息づく文脈で普段視線を向ける、われわれのより都会的な景観のなかに、風景画の原義を探ってみようではないか。landscapeという言葉の歴史を逆向きに辿るのだ。より簡単にいうなら、都会の風景を、あたかも風景画家のような目で眺めてみようというのである。そのとき、都会は絵のように見えるのだろうか。
ただちに思いつく回答、それは、倉敷や飛騨高山のように「観光」色の強いいくつかの例外を除けば、いまの日本の都会のなかに、ことさらに絵画的な要素を見つけようとしても落胆するのが落ちだというものである。下水処理や情報通信機能のような基盤的要素、企業活動に適したビル群の空間配置など、その種の場面ではかなりの仕事が至るところで行なわれているというのに、こと審美的な要素になれば、なかなかそこまでは気が回らないのが実状といったところなのだろうか。逆にいうなら、だからこそ「観光都市」の立つ瀬もまたあるわけで、研ぎ澄まされた審美的感覚に裏打ちされた都市空間があちこちにあったなら、わざわざ人工的な「観光都市」に足を運ぶ人もいなくなるだろう。
いま、私は自分でこう書いていて、思わず「おや!」と驚くところがあった。私は観光都市のことを「人工的」と形容したのである。つまり、都会的な空間のなかに審美的な価値があるというのは、都会の存在と渾然一体となった自然な成分というよりは、人工的に誂えられ、意図して作られた上塗りとしての性質のほうが強い、ということなのだろうか。つまり「都会を絵のように見る」という行為は、あざとい力業にすぎないのだろうか。
第一、「絵のように」、つまり風景のように眺望しようと思っても、都会を一望するためにはどこか高いところに登らなければならない、ととりあえずはいえるように思える。ただ、考えてみるなら、いまもそしておそらくは昔も、人々は都会のなかで、どこか高い建物を探し出し、階段を汗だくになって、またはエレベーターですいすいと登り続けてきたのである。そして、普段は見ることを禁じられた高いビルを横から眺め、小さくなった人々の動きを楽しみ、通い慣れた道が隠す思いがけない蛇行の妙に興じてきたのだ。われわれは、視点を変えて一望するということ、つまり多様なものを遠くから一気に見るということが与える独自の面白さに早くから気づいていた。その意味では、高いところから遠くを一気に眺望する、という特定の様式で、われわれはすでに何度も「都会を絵のように見て」きたのだ、といえるのかもしれない。
だから、都会を絵のように見たいという気持ち、そしてときには絵のように見えることもある都会、という、主客それぞれの成分を指して、それらをことさらに「人工的」と呼ぶのは不適当なのかもしれない。われわれは鐘楼のてっぺんから、そして東京タワーや都庁の上から、風景画家のように都会を見てきた。フェルメールの風景画が、ターナーの田園風景画に引けを取らない優れた風景画だということを否定する人がいるだろうか。周知のように、フェルメールは風景画を描くときには主として都会の様子を描いていたのだった。
では、ここでもう一歩踏み込んで考えてみよう。都会を絵のように見るというのは、風景画という言葉が暗黙のうちに含意するように、どこか遠くから一気にそれを見るという行為を必須のものとするのだろうか。都会の審美性や絵画性が開示されるのは、それが眺望行為に相応しい遠隔性を伴うときだけなのか。
だが、もしそうなら、「都会の都会性」がかなり減殺されたうえでの、風景画への接近ということにすぎないようにも思える。なぜなら、「都会の都会性」は何よりも、もみくちゃにされそうな雑踏、喧噪のような人々のざわめき、次々に色や形を変えて通り過ぎる珍奇な店や乗り物のなかに、要するに「近さ」のなかに存在するもののように思えるからだ。仮に遠くから見た都会が風景画のように見えたとしても、それは都会であって、都会ではない、どこかの山里の光景の模造といってもいいものなのかもしれない。遠くから見た道の蛇行は川の蛇行を、高いビル群や東京タワーは山の峰を、それぞれどこかで思い起こさせる郷愁のメタファーなのだ。都会の遠望を睥睨して、その都会のことを理解したなどと思ってはならないのは、そのことからも理解できる。都会を知るには、遠くから、または高いところからではなく、うごめく人々と同じ目線で、彼らの動きにもまれながら移動するという契機が必須のものだ、というのは誰もが知るとおりである。
では、すぐれて「都会の都会性」が露呈する近接空間のなかに、審美的または絵画的な「風景画」を感じ取ることはできるのだろうか。

2 書き割りのような風景──近接性

その問いにただちに答える前に、少し回り道をしてみよう。
「書き割りのような風景」という、ときどき耳にする表現がある。いうまでもなく、「書き割り」とは、舞台で用いられる贋の風景、背景の家や街路などを絵で描いて代用するというものだ。だが、この表現は、耳にするたびに何かわかったような気にさせられはするが、自分でその意味を少し分析してみようと思うと、あっというまに煙に巻かれるといった体の、曖昧模糊とした表現だ。書き割りのような風景とは、いったいどんな風景なのだろうか。まず最初にいえるのは、ある風景がまるで書き割りのようだ、と感じることができるためには、その人はその風景と密着した場所、その風景のごく近くにいなければならないということだ。舞台の遠景が言葉の出もとだということを考えるなら逆説的に響くが、かなり遠くの風景が書き割りのように見えることはない。自分がその傍らやそのど真ん中を歩き回っているにもかかわらず、どこか作り物めいた風景。近接周辺の模造的な印象が自分に跳ね返って、自分がこうやって歩き回っていることさえもが、どこか現実的ではないような感覚を与える、そんな風景。そんな感じの意味あいを、私はこの言葉から汲み取ることができるような気がする。
ここでわれわれは迂回路を早々に切り上げ、先の問いの出発点に辿り着いてしまうことに気づく。なぜなら、まさにその模造的な感覚は、都会のただなかに居ながらにして味わうことができる、ある種偽装めいた風景画のような感覚と、同じようなものに思えるからだ。それが「審美的」であるかいなかにかかわらず、われわれが都会のまっただ中で「風景画」に出会うとき、それは、まるであまりできの良くない舞台装置が与える、うらぶれた照り映えのような感覚に襲われた際に、自分も含めた自分の周囲が現実と仮想との間を往復しているとでもいうかのような、奇妙なぶれ感覚を起こしているようなとき、ではないのか。
そうなると、「風景画」という言葉が与える微温的で安寧や安定感のあるニュアンスは、その自同性を危うげなものにする。都会を歩き回るわれわれが、自分のすぐ近くに出現する「風景画」に遭遇するとき、われわれは現実感を若干減殺され、安心感を踏みにじられ、自分が入ろうとしていた店の窓がペンキで塗られた書き割りに一瞬姿を変えるかのような目眩に襲われる。要するに、近傍に出現する「都会の風景画」は、われわれを居心地悪くさせる。そうは、いえないだろうか。
そして、仮に「書き割り」といういかにも虚構性を引きずったイメージを離れたとしても、その居心地悪さの心象は、消え去らずに留まり続ける。考えてみるなら、それも無理もない。なぜなら、都会の雑踏や商店街、怪しげな路地や薄汚い裏道を歩き回るとき、自分の耳には見知らぬ他人の会話の断片が響き渡り、自分の目には見たこともないような色や形が飛び込んでき、自分の鼻は嗅いだこともないようないい匂いやいやな匂いで翻弄されるからだ。汚い襤褸切れ、つぶれた食べ残し、それを漁るカラスや猫、誰かが放尿した跡、飲み過ぎてふらつく女の影、目眩そのものを工学化したような点滅するネオンサイン、喧嘩相手同士の怒鳴り声、恐怖と苛立ちを与えるサイレンの音。そしてデパートを訪れれば、どんな金持ちでもそろえるのは無理なほどに見事に並んだ無数の商品の群れ……。こんな「風景」を、しかもその遠景ではなく、近景のままに、自分もその一部になって思い描こうとするのなら、目眩や吐き気、疲労感や非現実感を感じないほうがどうかしている。互いの調和など一切お構いなし、といった感じで肩を並べるそれら大量の存在の集団は、「画家」が統括しうるようなパースペクティヴの起点も、統一感を与える眺望の安定感ももっていない。「都会の近景」は雑多なイメージの流動そのものであり、それを「絵画」として固定するにはあまりに液状的なものだ。しかもその液状性は「気化」の一歩手前のそれ、である。
それでも私は、都会をほっつき歩くとき、ときどき自分の眼差しを風景画家風のそれに仮託してみる。もっともそれは、審美性を味わうためではなく、モデルと静物画、現実と模造品との間を往復する「存在論的なダンス」を味わうためにだ。いま二階から顔を出した奇妙な化粧をした若い女は、触ってみれば「書き割り」みたいな張り子でできているのかもしれないと思って苦笑したり、デパートの食器売り場に整然と並ぶお皿のセットに、目に見えない家族の団欒を思い浮かべたりしながら……。
ただし、その場合、ひとつの大事な事実がある。それは、その眼差しが一方向的で構成的なものではなく、いわば周辺自体がもっている凹凸をそのままなぞるようにし向けられた眼差し、ある種受動的な眼差しなのだ、ということだ。文字どおり、風景が自分から私に呼びかけてくれる。その声に誘われながら、頭のなかで絵筆を動かし、コンポジションを練り上げる。ほら、この一画は実に面白い「絵」になる。あの一画も。「都会の風景画家」は、歴史上、おそらくは誰も経験したことのないコンポジションを「造形の女神」から強要されているのだ、つまりあくまでも断片的で統一感を欠き、存在と非存在との往復運動そのものを固定するという、決定的に不可能な課題への接近という力業を、である。


★一──John Brinckerhoff Jackson, Discovering the Vernacular Landscape, New Haven, Yale University Press, 1984, pp.3-5. これ以外にも例えば次の文献を参照。Erie Hirsch & Michael O'Hanlon eds., The Anthropology of Landscape, Oxford, Clarendon Press, 1995, Introduction. ハーシュによると、landscapeという言葉はもともとオランダ語のlandschapであり、一六世紀に画家たちの専門用語として英語に導入されたという。

>金森修(カナモリ・オサム)

1954年生
東京大学大学院教育学研究科教授。哲学。

>『10+1』 No.28

特集=現代住宅の条件